理事長 上村 英輔

 私はとても幸せな人間であります。夢あふれる社会の創造に向けて、長岡青年会議所60余年の歴史を築いてこられた先輩諸兄の皆様に本当に感謝をしなければなりません。希望に満ちた未来を実現させたいという夢を追い続けることのできる環境に身を置き活動させていただいていることに対して。まだ良くなる、これで終わりじゃない、必ず成功させる、という想いを持てなくなったら夢を追うことはできなくなってしまうのだと思います。いつかそう思ってしまうときが来るのかもしれません。ただ、今はそうは微塵も思いません。創意の思考を持って夢あふれる社会の創造を実現させるという強い気持ちしかありません。

時代の終わり・・・そして始まり

 時代というのは普通、突然終わりが来るか、終わったことに気づかず新しい時代になっていることがほとんどであるはずです。しかし、「平成」という時代は2019年4月30日に終わりが来ることが決まっています。昭和の時代は、戦災という苦難から復興への道のりを歩み、右肩上がりの経済成長を遂げ、先進国といわれるまでになりました。決して経済発展することが容易ではなかったはずのこの国の人々の力の源は、どのような状況においても生きていくという強い思いであったはずです。一方で、平成という時代は復興を遂げ物質的にも豊かになり、社会が成熟したからなのか目的を見出すことが難しい時代でありました。加えて格差社会、貧困問題、少子高齢化の余波は大きなうねりとなり、社会全体に不安感を募らせていることは言うまでもありません。しかし、新たな時代に向けて凄まじいまでの革新を推し進め、想像もできないようなこれから来る未来の礎となる時代であったと言われるはずです。終わりが来ることがわかっているからこそ、来るべき時代に向けての準備をしっかりと行い、実践していくことで、未来の真っ新なキャンバスを明るく彩ることができるのです。そのために、「私たちの使命」を明確にし、個人の資質の向上を図り、活動を活発化させ、全力で夢あふれる社会の創造に邁進します。

不変の志を学ぶ

 長岡藩開府から400年を過ぎた長岡のまちには現在に至るまでに様々な困難があり、不撓不屈の精神で乗り越えてきました。それを乗り越えるにあたって、「米百俵の精神」、山本五十六の言葉にあるような未来を見据えて人財教育を重視するという共通の信念があったはずです。長岡青年会議所においても、創立から「修練・奉仕・友情」の三信条を基にして、長岡のまちの発展のために活動を行ってきました。そのような信念というものは、迷ったときに立ち戻れる、向かうべき方向を間違えないようにするための道標となります。今後も様々な困難を乗り越え、明るい豊かな社会を創造していくために、長岡のまちに根付く信念、長岡青年会議所の信念を、ただ言葉を覚えるのではなく本当の意味を学び、不変の志を私たちの胸の中に刻み込みます。

私たちの使命とは

 「長岡青年会議所の活動とは」という問いに多くのメンバーが、「長岡の明るい豊かなまちづくり活動」と答えるでしょう。では、「長岡青年会議所の使命とは」という問いに対してはどう答えるでしょうか。その答えは、「今までに無いものを創造すること。それを実践できる場を創造すること。」でなければなりません。私たちが活動を通じて何を目指し成し遂げたいのかをあらわし、その使命があるからこそ団体としての存在意義があるといえるでしょう。青年会議所は、対価をもらって活動している団体ではありません。志を立て物事を実現するための想いを熱く、強く訴え同調してもらうことができなければメンバーは一緒に活動してくれません。青年会議所の活動が地域社会への奉仕活動であるからこそ、自分一人で行うことには限界があり、意義を伝え理解者を増やすことが重要な要素となります。互いに成長していくために、相手を信じ、先頭に立ち続けるということを実践する、期待を受けた者は何が何でも必ずやり通し、熱い期待をもらった以上の結果を出すというような、姿勢と想いの重要性を伝えて活動してまいります。

創意の力を養う

 先人たちが築き上げてきてくれた偉業に敬意を払わなければなりませんが、「昔のやり方を変えてはいけない」と考え、新しい価値を生みだしていかなければ、その存在というものは時の経過とともに不必要になるはずです。青年会議所活動の責務を果たしていくという点から考えても、絶えず変わり続けるようにイノベーションを起こしていかなければなりません。また、創造性を発揮するだけではなく、実現するために実践していくことが求められます。私たちは、未来を見据えて思考の箍を外し、より柔軟な発想で胸躍るようなまちづくり活動を展開します。

基盤の大切さ

 当たり前のことを当たり前に行う、常に同じ準備をして本番に臨む、最高のパフォーマンスを発揮するために重要なことです。いくら外観が美しい家であっても、土台、地盤、すなわち基盤がしっかりしていなければ、少しの変化で崩れてしまう恐れがあります。組織に関しても同じであり、基盤を整えていくことによって継続する組織としていかなければなりません。長岡青年会議所の基盤を構築することは議論を活発化させること、時間を有効に使うことにつながり、それこそが効果的な活動発信となります。時間には限りがあり、より効率よく最善の結果を出していくことは必要不可欠であります。ただし、効率化して良いことと、してはいけないことはしっかりと見極めなければなりません。本当に伝えないといけないことは労力をかけて、顔と顔を突き合わせて想いを伝えるべきです。永続する組織としていくために、頑丈な基盤を構築してまいります。

長岡×青年会議所×市民協働=∞

 長岡のまちづくりにおいて、市民と行政、または市民同士が、お互いの長所を持ち寄り、補い合うことで課題を解決し、まちづくりを進めていく、「市民協働」という言葉が欠かすことのできないキーワードとなりました。様々な団体の強みを活かしながら、長岡のまちの発展という目標に向かっていくことができれば無限の可能性を秘めているはずです。成功のメージを広げていくには、知恵と行動力の共有を今以上に考え、さらなる協働をしていかなければなりません。それにより、私たちの実現できることのスケールが広がり、そのスピードはより速くなるでしょう。そのために、多くの団体と早い段階から関係性を築く機会を持ち、それぞれのベクトルを合わせ協働してまいります。

史実を伝えていく

 1945年8月1日午後10時30分B29大型戦略爆撃機により、長岡市の中心市街地に16万3千発もの焼夷弾が投下され、現在把握されているだけでも1,486名もの尊い命が奪われました。戦争を体験したことのない方たちが長岡市の全人口の9割近くとなってきている状況において、何をもって私たちは平和なのかということをあらためて考え、絶対に忘れてはならない悲惨な史実を風化させることなく語り継ぎ、恒久平和の想いを広く伝えていかなければなりません。そのために、私たちは先人たちの想いを胸に刻み、後世へと史実を伝えることのできる人財を育てていきます。
新潟県中越地震が発災してから14年が経過し、現在では大半の地域が復興を遂げております。当時は長岡市を含め中越地方に甚大なる被害をもたらし、多くの方々が被災し、中越地方に限らず新潟県全体においても、観光産業をはじめとした各種産業に多大な被害を及ぼしました。そのような状況から立ち上がるにあたって物的支援、心的支援を数多くの地域の方々からいただき、迅速に復旧から復興を遂げることができました。復興のためにいただいた数多くの感謝を今後も決して忘れず、その心を伝えていきます。

長岡まつりへの参画

長岡空襲から1年後の8月1日に開催されたのが、長岡まつりの前身である、「長岡復興祭」であります。名称も、「長岡まつり」と改称され、70年以上の時を経た今では3日間総計で100万人を超える方が長岡のまちを訪れます。長岡青年会議所も創立以来様々な形で変化を遂げながら継続して参画してきました。今まで関わってきた団体と今後も協働していくことを前提として、昨年まで参画してきたことに対しての活動の現状を振り返り、今後予想される状況、市民の皆様のニーズを考えることから、最適な参画方法を検討します。また、数多くの方が長岡に訪れる絶好の機会である新潟県でも有数の観光コンテンツ、「長岡まつり」を活用して、一過性で終わるのではなく、どのようにすれば継続できるのかということを考慮しながら価値を考えた試みを実施します。

挑戦することは楽しいこと

想像もできないような未来が訪れるだろうこれからを切り拓いていくには、数多くの困難に立ち向かい挑戦をしなければなりません。一番簡単なことは現状行っていることを継続して、変化という困難に挑まないことであります。挑戦すれば失敗することもあり、その失敗を次への成功へつなげていくための心の強さが必要となります。目標を設定して、それを達成するための壁を越えられるように一生懸命挑戦する。簡単には越えられないと思いますが、だからこそやりがいもあり、達成したときの自分自身の成長につながるはずです。挑戦することは自分自身の可能性の器を広げることのできる楽しいことだということを伝えていきます。

いつまでも忘れない感動の記憶

 スポーツを観戦しに行って、実際にプレーしている選手、状況に自分を置き換えて、会場が一体となる姿、その結果に一喜一憂する。音楽ライブに行って360度から伝わってくる会場の熱気、マスメディアを通してでは絶対に体感できないリアルな感覚はそう簡単に創り上げることはできません。そのような体験というのは心の中に必ず残り、感じたものが印象深いほどまた訪れてみたい、プレーする側になってみたいと多くの方が思うでしょう。経験した年齢が若ければ若いほど、後の人生にまでも影響を及ぼすきっかけになることもあるかと思います。長岡にはハードの面でもソフトの面でも様々なコンテンツを有しております。既存のソフトを活用し、新たな活用方法として様々なコンテンツとコラボレーションすることで、より大きな感動を体験できる機会を創出します。また、既存のものだけではなく新しいソフトを考案して、多くの方が訪れる、強烈な記憶となるような体験の場を創ります。

2045年の世界

 1985年の携帯電話レンタル開始により、いつどこにいても誰とでも連絡がとれるようになり、物事の伝達スピードが圧倒的に早くなりました。また、インターネットの普及により全世界の様々な情報が誰でも簡単に取得できることが可能になり、新しいビジネスモデルが数多く生まれました。その後スマートフォンの誕生によって私たちの生活の変化が加速度を増してきており、30年前と比べると想像もできないくらいに利便性がよくなり、処理スピードは途轍もなく早く、その量も多くなりました。そして、これから必ず私たちの生活に大きく関与してくることとしてAI(人工知能)があります。それは前述の事象以上に私たちの日常の生活を激変させる可能性を秘めています。単純作業ではなく違いを生み出すことを探し、意思決定をして物事を実行していく力が重要となってきます。そのような未来が圧倒的なスピードで近づいてきているのだということを理解し、準備には何が必要なのかということを説きます。また、教育に関しても今までのような問いに対しての答えを出し、テストの点数で評価されるのではなく、答えのない問いに対して意見を述べ主張し、それらをまとめていくような力を育てることが必要とされるはずです。そのために、教養を深め、多くの人と出会い見聞を広げて、決断できる能力、豊かな発想力を身につけていかなければならないことを伝えます。

未来の人財採用

 人口減に伴う就労人口の減少、都心への一極集中により近年各企業の人財採用は困難を極めております。このような状況もあり、地元就職はもちろん、Uターン、Iターンによる人財の採用がうまく進まず、一部では企業間同士による奪い合いをしているケースが見られたりもします。このような状況は今後も続くことが予想され、この問題が解決されなければ企業の繁栄はおろか長岡というまちも衰退していく危険性があります。この問題の解決策として、女性の更なる登用、若年層の参画意識の醸成手法など既に在籍している人財の活用を推進していかなければなりません。また、AI(人工知能)へのサービスの移行、外国人労働者の採用などまだ導入していない分野への取り組みも進めていく必要があります。解決策に取り組むことができるようになるために、それらの事例がどういうことなのかを学び、既存の概念を変えていくことの必要性を伝えます。

結びに

 自己を成長させ、企業をさらなる繁栄へと導ければ、必ずまちの発展へとつながります。成長の過程においては、様々な人との出会い、企業や団体との協働があり、そこには成長のための気づきを得る機会があふれています。成長に一番大切なのは成功、失敗までの一連のプロセスを数多く経験することです。その過程には必ず困難が待ち受けています。その困難から逃げるという選択肢を選んでしまえば自分の心は楽かもしれませんが、その先にある成長を手にすることは決してできません。逃げずに挑み、高い壁を越え、自己の成長を企業の成長、まちの成長につなげていく。そのスピードをより速いものにしていかなければなりません。
「そう思っているんだ、必ず変えていくんだ、絶対できるんだ」という強い意志を持ち、
『創意・工夫・努力』の心を持って活動していきましょう。
知識を詰めて満足するのではなく、「実践する」ということを第一に。

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